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■人生の味わい

2008年11月24日 (月)

◆「暮らしの中で」・・・花緑独演会

● 過日、大宮(さいたま市)での「花緑独演会」に行ってきた。小生、寄席には少々うるさい。高座通いのスタートは学生時代からであり、今は無き人形町の末広亭にもよく行った。私の寄席通いのことは、別の機会に譲って、今回は花緑独演会のお話。

●私は、今の東の若手噺家の中で、花緑は一頭地を抜いていると思っている。3、4年前、国立演芸場(千代田区隼町、最高裁判所に隣接)で毎月催される若手芸人出演の「花形演芸会」で、初めて花緑を聴いた。上手いと思った。それ以来、魅せられて、時々、追っかけている。

花緑を聴きに、赤坂、大森、葛飾の立石などに行ってきた。若い頃、美味しい鰻が喰いたくて、土曜日、仕事を切り上げて新幹線に乗って三島まで行き、お目当ての店で念願のうなぎを食べて、又、とんぼ帰りをしたことを考えれば、都内の追っかけなど何でもない。

花緑はテレビ番組にも出ているらしいが、永谷園のCMに、祖父である故小さん師匠と共に出ているのをたまに見る程度で、あとは知らない

さて、独演会であるが、高座が3本、その内、最後に演じた「紺屋高尾」はなかなか見事であった。話は、紺屋職人の久蔵が、吉原・三浦屋の花魁 高尾太夫に一目惚れし、3年間一心不乱に働いて金を貯め、ようやく太夫に会えた。

「今度いつ来てくんなます?」と聞かれて、また金を貯めて3年後と貧乏職人の久蔵が答える。この久蔵の一途さに、すっかり感激した高尾は、年季が明けたら夫婦にと約束し、約束違わず年明け後、久蔵のところにやってきて目出度く夫婦になり、新たに紺屋の店を出し、大繁盛した。それゆえ、この高尾太夫は、紺屋高尾と呼ばれる、というものである

一寸、長い噺なので、普通の高座には、なかなか掛けられない。私も通しで聴いたのは初めて。花緑は、この噺を、起承転結歯切れよく、又起伏に富んだ噺に纏め上げた。見事なものである。

●聞き惚れた と云いたいところだが、そうはいかなかった。私共夫婦の席のななめ後ろの中年の夫婦者が、その元凶である。落語は笑って楽しむもの、おかしいところは大いに笑ってよいのは当然だが、この夫婦は笑い処を知らない、あるいは笑いのマナーを心得ていない、と云わざるを得ない。

独演会の最初から、この二人は、ほんのくすぐり部分で、クスッとすべきところ、文字通り大笑い、否、あたりかまわぬ馬鹿笑いの連続で、周囲は大迷惑、折角の楽しい時間も、大いに興を殺がれた。

さりとて、「笑うな」と注意するわけにもいかず、まさにKY(空気が読めない)夫婦で、本当に腹が立った。

今の世の中、若い人に限らず、いい齢の大人も、マナー違反が目立つ気がする。

もって他山の石にしたいと感じた。花緑を追っかけることは、今後も続けたい。

(飄淡 生)wrote

2008年11月10日 (月)

◆「暮らしの中で」・・・ブルーグラス ライブ

●草加にある東武線の松原団地駅は、駅前に広がる大団地と獨協大学があることで知られる。獨協大学の社会人向けオープン講座は、私も春・秋に週一度の割合で、ここ数年、通い続けている。今春まで約3年間にわたって続いた

「名画で辿る宗教史」という楽しい講義が、残念ながら終了してしまった。

この秋から、少し英語をやり直そうと思って「英語を楽しく読もう」というコースに通っているが、宗教史ほど楽しくない

ひょんなことから、最近、松原団地駅近くのある喫茶店の店長と親しくなったその喫茶店では、半年に1回程度の割で、ブルーグラス(Bluegrass Music)のライブをやるという。その店長に誘われて、先日の土曜日、そのライブに行ってみた。

●恥ずかしながら、今日まで、私は「ブルーグラス」という言葉さえ知らなかった。そこで一寸調べてみると、アメリカのアパラチア南部に入植したスコッチ・アイリッシュ(スコットランドから現在の北アイルランドに移住した人たち)の伝承音楽をベースにしたアコースティック音楽だという。

●つまり、“American Traditional Music”というわけである。ただし、Bluegrass Musicそのものが盛んになったのは、1950年代とのことである。

アメリカの音楽と云えば、フォスターの色々な曲、テネシーワルツ(The Tennessee Waltz)、懐かしきヴァージニア(Carry Me Back to Old Virginia)、グリーン グリーングラスオブホーム(Green、Green Grass of Home)、いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementine)などが私が知っている古い歌であるが、ブルーグラスの発祥は、もっとずっと古いということになるようである。

●肝心のライブは、4組の演奏グループ ――3人の若い美人女性に1人の男性、普通の中年の男女4人、おばさんボーカルと4人の中年男性、若者中年混声の5人の男性 ――が、それぞれ軽妙なギャグや小噺を交えて大熱演だった。演奏曲は、テネシーワルツを除いて、知らない曲ばかりであったが、バンジョー、ドブロ、マンドリン、フィドル(ヴァイオリン)、ギターなどの楽器を駆使して、比較的アップテンポで短いものが多く、飽きることはなかった。

●どのグループも、他に本業を持つアマテュアということだが、どうしてどうして、プロに近いセミプロと思う。最後は、4グループ合同のジャムセッション、事前の打ち合わせもないのに、入り乱れての見事な演奏で、熱気溢れる3時間半であった。これで、飲み物付き1000円は安い! 会場は満席であった。店長は、まだまだ色んな企画を暖めているという。楽しみのジャンルが1つ増えた

(飄淡 生)  wrote

2008年11月 6日 (木)

◆「暮らしの中で」・・・チターコンサート

● もう5、6年も前になろうか、日本チター協会の主宰者である内藤敏子氏と軽くお話しする機会があった。氏は、日本で初めてチターを手懸けたパイオニアであり、留学修行に裏付けられた国内屈指の演奏家でもある。穏やかなお人柄であるが、日本に何とかもっとチターを普及したいという強い思いも伝わってくる。氏は、とっくに私のことなどは忘れておられると思うが、それ以来、私の住まいの近くにチターのコンサートがあるときには、案内が送られてくる。未だ、わが国ではマイナーなチターを、微力ながら応援しようと思って、時間が許せば出来るだけ行くようにしている。

● 今回は、私の居住地、越谷でのコンサートである。当地にはチター教室もあるようで、他の地域よりは普及しているようだ。 200人ぐらい入る小ホールだが、満員とはいかず、7割程度の入りである。

● チターをご存知ない方もおられるかもしないので、簡単に解説する。チターという楽器は日本の琴にも似ているが、琴よりもっと短い弦楽器で、かなり多い弦を親指につけた爪(プレクトラム)を使って弾く。演奏するのはなかなか難しいとのことである。南ドイツやスイスやオーストリアなどで普及しているらしい。チターといえば、名手アントン・カラスが映画「第三の男」(1949年)のテーマ音楽を弾いたことで知られている。映画の筋は知らなくても、このテーマ音楽は、どこかで聴いたことがあると思う。憂愁に満ちたチターの音色・響きは独特で印象的だ。チター音楽は、シャンソンやカンツーネと違って、愛だ恋だ、別れたくっ付いたというような人間の情念の音楽ではなく(勿論、情念の音楽も素晴らしいが)、山や湖のような自然や自然の中の小動物に関わる曲が大部分だという。

● さて、肝心のコンサートだが、今回は、ヨーロッパアルプス地方の自然をテーマに企画したということで、比較的短くて美しい小曲が多かったが、我々にも馴染み深い「牧場の朝」とか「ローレライ」なども演奏され、また、灰田克彦の「山の人気者」に代表されるヨーデルを日本人の男女2人のプロが、ヨーデル独特の声で唄ったりした。私も、本格的なヨーデルは初めて聴いた。なかなか感動的であった。その他、チター演奏と合奏する形で、「ベルツリー」や「ハックブレット」(箱型の共鳴体に張られた多数の金属弦を撥で打って演奏する楽器)の演奏もあった。楽しんだ約2時間であった。 

● 興味のある方は、是非一度、実際のコンサートにお出掛けを!ただ、チター演奏が難しい上に、優美で嫋かで女性的であるがゆえに、大曲の演奏などには不向き。所詮はマイナーのままだろう。マイナーのままで良いではないか。

    (飄淡 生)wrote

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