◆「暮らしの中で」・・・花緑独演会
● 過日、大宮(さいたま市)での「花緑独演会」に行ってきた。小生、寄席には少々うるさい。高座通いのスタートは学生時代からであり、今は無き人形町の末広亭にもよく行った。私の寄席通いのことは、別の機会に譲って、今回は花緑独演会のお話。
●私は、今の東の若手噺家の中で、花緑は一頭地を抜いていると思っている。3、4年前、国立演芸場(千代田区隼町、最高裁判所に隣接)で毎月催される若手芸人出演の「花形演芸会」で、初めて花緑を聴いた。上手いと思った。それ以来、魅せられて、時々、追っかけている。
花緑を聴きに、赤坂、大森、葛飾の立石などに行ってきた。若い頃、美味しい鰻が喰いたくて、土曜日、仕事を切り上げて新幹線に乗って三島まで行き、お目当ての店で念願のうなぎを食べて、又、とんぼ帰りをしたことを考えれば、都内の追っかけなど何でもない。
花緑はテレビ番組にも出ているらしいが、永谷園のCMに、祖父である故小さん師匠と共に出ているのをたまに見る程度で、あとは知らない
●さて、独演会であるが、高座が3本、その内、最後に演じた「紺屋高尾」はなかなか見事であった。話は、紺屋職人の久蔵が、吉原・三浦屋の花魁 高尾太夫に一目惚れし、3年間一心不乱に働いて金を貯め、ようやく太夫に会えた。
「今度いつ来てくんなます?」と聞かれて、また金を貯めて3年後と貧乏職人の久蔵が答える。この久蔵の一途さに、すっかり感激した高尾は、年季が明けたら夫婦にと約束し、約束違わず年明け後、久蔵のところにやってきて目出度く夫婦になり、新たに紺屋の店を出し、大繁盛した。それゆえ、この高尾太夫は、紺屋高尾と呼ばれる、というものである
。
一寸、長い噺なので、普通の高座には、なかなか掛けられない。私も通しで聴いたのは初めて。花緑は、この噺を、起承転結歯切れよく、又起伏に富んだ噺に纏め上げた。見事なものである。
●聞き惚れた と云いたいところだが、そうはいかなかった。私共夫婦の席のななめ後ろの中年の夫婦者が、その元凶である。落語は笑って楽しむもの、おかしいところは大いに笑ってよいのは当然だが、この夫婦は笑い処を知らない、あるいは笑いのマナーを心得ていない、と云わざるを得ない。
独演会の最初から、この二人は、ほんのくすぐり部分で、クスッとすべきところ、文字通り大笑い、否、あたりかまわぬ馬鹿笑いの連続で、周囲は大迷惑、折角の楽しい時間も、大いに興を殺がれた。
さりとて、「笑うな」と注意するわけにもいかず、まさにKY(空気が読めない)夫婦で、本当に腹が立った。
今の世の中、若い人に限らず、いい齢の大人も、マナー違反が目立つ気がする。
もって他山の石にしたいと感じた。花緑を追っかけることは、今後も続けたい。
(飄淡 生)wrote



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